<< 思えば遠くへきたもんだmain隣国と領土と島唄 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

▲top|-|-

相対的生命論

パパラッチ週刊誌系タブロイド紙になっちまった感のアサヒ。
ねぇもうマトモに読んでる人いるのかい?と思った記事。
なんかもう産経の記事しか見当たらないんだけど(笑)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080620/trl0806201109003-n1.htm
↓以下引用
 今月17日に宮崎勤死刑囚(45)ら3人の死刑執行を指示した鳩山邦夫法相を、
朝日新聞が18日付夕刊で「死に神」と報道したことについて、鳩山法相は20日の
閣議後会見で、「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定によって執行された。
死に神に連れていかれたというのは違うと思う。(記事は)執行された方に対する
侮辱だと思う」と強く抗議した。

 「死に神」と鳩山法相を表現したのは、18日付朝日新聞夕刊のコラム「素粒子」。
約3年の中断を経て死刑執行が再開された平成5年以降の法相の中で、鳩山法相が最も
多い13人の死刑執行を行ったことに触れ、「2カ月間隔でゴーサイン出して
新記録達成。またの名、死に神」とした。

 会見で、鳩山法相は「私を死に神と表現することがどれだけ悪影響を与えるか。
そういう軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」と
朝日新聞の報道姿勢を批判した。



ふーん。
と言うわけでちょっとアサヒのWebに行ってみた。
そのコラムないかなーと思ってさぁ。ねーじゃん。
原文読みたかったけど無いし。
でね。
完徹+セミナー受講でくったくたの
ヨッパライがつらつらっと思って見ました。
つり合いってあると思う。バランスっていうか。
そして生き物にとって何が一番貴重かっていうと
やっぱ命なのかなって思う。
だって生き物を生き物たらしめているのは命だろ?
まるで言葉遊びみたいだけど。

ちょっと余談だけど。
自分は自殺を肯定も否定もしません。
生きていればシアワセだとは思わないけど
死んだら終わりとも思わない。
ただそう決めた、本人の意思があるだけ、だと思っています。
そう。
物を食うも食わぬも
それを欲しがるもほしがらぬも
人を好きになるもならぬも
生きるも死ぬも
本人の意思があるだけと思うので。
人は日々すべての現象に対して選択してるのだ。自分の意思で。


余談の通り、常からそう思っているので
人という物、もっと言うと
命というものへの最大の侮辱、蔑むべき行動は「無理強い」だと思っている。
いじめ
強盗
強姦
殺人
この4つは特に同罪といってもいいかもしれない(自分の中で)
で、やっぱ一番の無理強いは
殺人 だと思うんだ。

先にも書いたけど
生き物を生き物たらしめている「命」
これは正に「掛け替えの無い」ものでしょう。
人間という現象を見ると
ひとりくらい減っても増えても変わりないとか思うかもしれないけれど

今、そこに
様々な出来事を見て聞いて生きてきた「あなた」という現象は
今後同じ現象が起こる奇跡は天文学的数値といってもいい、
正に奇跡の結果の、オリジナルな「あなた」なんだよね。
そのあなたという命、現象が
あなたの意思に反して、というか考えもしなかった場面で
いきなり断ち切られ消されてしまうのが殺人なのだ。

二度と起こり得ないであろう「あなた」という掛け替えのない命
その、掛け替えの無い命 はすべての人に当てはまるわけ。
すべての人はそう思う権利を有している。

(ここでは生物全般については扱いません。それは後日…)
だけど突然そこの人が
あなたに命を断ち切られた。としたら…。
あなたの欲求だけで
例えば幼い命
例えば若い生命力
例えば時代を生きる光
例えば次代を育むあたたかさ
そんなものを無理やり絶ち消してしまったら
あなたはどうするだろう。





相対性生命論





掛け替えの無い命 に匹敵するものは
掛け替えの無い命 しかないということ
だから先に書いた
その、掛け替えの無い命 はすべての人に当てはまる
があるわけです。
もし人を無理強いで殺しておいて
あなたは死ななくていいよ って言われたら
それってラッキーか?
それはちがうと思う。
それは
アンタには元からそれだけの価値もねぇし
こっちが精神的苦痛を感じてまで価値も無いものを代償に請求してやるいわれもねーや。
って言われたようなもんじゃないのかなぁ。

数年前、
死刑になりたくて小学校に入り込んで幼い子供を殺した事件があったけど
こう考えたら妙に腑に落ちた。

自分が無理強いに
消し去った幼い命の代償に自分の命をとられることで
やっと自分の命の価値を感じたんだ


そう考えてしまったことは
とても悲しいことです。



そしてここでも
相対的生命論。

掛け替えの無い命と対になるものはなんだろう。
それはさっき私は「掛け替えの無い命」だといったけど
例えばそれが違うものだったらどうだろう。
掛け替えの無い命=食うに困りなしないけど自由のない一生
掛け替えの無い命=ちょっと監視の元で労働したら解放されること
掛け替えの無い命=一生まともな職にはつけないけれどそこそこ生きられること

ねぇ。
そう考えていくとさ
命がどんどん、なんていうか
掛け替えのない、とは思えなくなってこない?


物の価値は相対的。

宝石が貴重なのは お金が一杯ないと手に入らない、
千円札が数枚では価値がつりあわないから。
百円玉数個で手に入っちゃったら
宝石はただの石ころです。

じゃぁ、命は?






ここでちょっと横道にそれるけど
宇宙船地球号
命は万物共通に同価値。
一見すごい価値観だけどちょっと考えてみよう。
万物共通に同価値だとして
その価値基準はどこに設定されるのかな?
すべての生物、牛も豚も鳥もミトコンドリアも
「人間」と同じく なのか
それとも
人間も
すべての生物、牛とか豚とか鳥とかミトコンドリアとかと
同じ と思うのかで
物凄く違ってくるのですよ。





相対的生物論。





ちょっともう少し丁寧に考えていきたいテーマだね。
もしかしてこの話、
後日続くかも知れません。
▲topcomments(0)trackbacks(2)

スポンサーサイト

▲top|-|-

:: Comment ::

この記事へコメントする

      

:: Trackback ::

title:-
from: -
date: 2009/03/31 11:49 PM
管理者の承認待ちトラックバックです。
title:-
from: -
date: 2009/03/31 11:49 PM
管理者の承認待ちトラックバックです。
この記事へのトラックバック
<< | September 2018 | >>
Su Mo Tu We Th Fr Sa
      01
02030405060708
09101112131415
16171819202122
23242526272829
30      

Profile

New Entries

Selected Entries

Recent Comments

Recent Trackback

Categories

Archives

Recommend

Mobile

qrcode

Search this blog

Others

Gun☆Ryu's blog:banner Gun☆Ryu's Template:banner  みんなのブログポータル JUGEM

Sponsored